印象に残っている人②

私が通所介護(デイサービス)で働いていた時の話です。

利用者の一人にひときわ夫への愛情が強い女性の洋子さん(仮名)がいました。洋子さんは認知症でさらに左半身の麻痺(身体の左側に麻痺がある)があるため、車いすを利用している状態です。毎回夫が送り迎えをしていましたが、施設の利用時間になると寂しいようで洋子さんの様子が変わります。送迎してくれた夫の姿が見えなくなると、洋子さんは動かせる右手で自分の右太ももを叩き、夫の名前を呼び続けるのです。初めて見た私はどうすればいいのかと混乱しましたが、職員は慣れているようで話し相手になったり夫の写真を見せたりし、落ち着かせるような関わりをしていました。しかしちょっとやそっとで叩くことはやめず、3分もすると再び太ももを叩いて大きな音を出しながら夫の名前を呼び続けます。そんなことを繰り返しているので、洋子さんの手は石のような硬さで、太ももは焦げ茶色に変色し皮膚はかさぶたのように硬くなっています。それでも叩いたり呼んだりすることはやめず、夫が迎えに来る時間まで続くのでした。私も職員も歩行訓練をうながしたり電話して夫の声を聞かせてみたり、好きだった農作業の話を振ったりしていましたが、いずれもとびきりの効果はありませんでした。

夫としても気が引けるのか、朝から洋子さんの調子が悪く特に声が大きい場合には仕事を中断して迎えに来たり、職員やほかの利用者へ感謝の気持ちを忘れずに「ありがとう」と声をかけたりしていました。

認知症の方の介護というのはマニュアル通りにいかず、それぞれの生き方や家族の関係性も影響してきます。洋子さんのケースは職員間でいろいろ検討してみましたが、結果的に太ももをクッションで防御するというその場しのぎの対処しかできませんでした。洋子さんが落ち着いて利用できなかった、夫の気が休まるようなサービスが提供できなかったということ、洋子さんと家族に対して自分の理解の及ばなさにも悔しい思いが残ります。

このように私がいた通所介護(デイサービス)は、いろいろ考えさせられる体験ができ、成長を促してくれる事業所でした。勤めていたところはデイサービス以外にもいくつか事業所を持っている法人でしたが、ここの社長があまりよろしくない方でして

①利用者の前で経営(お金)の話をし始める

②利用者の前で職員と喧嘩(一方的な叱責でしたが)する

③社長と仲の良い利用者からは利用料を徴収しない

④職員が虐待をしてる事実が発覚したとき、行政に報告せずもみ消そうとした(私がいたところと別の部署でした)

⑤利用者が実際はサービスを利用していないのに利用した実績をつける

ということをされていました。我々職員は改善を求めて社長へ直談判しに行きましたが、会話は平行線で話し合いになりませんでした。利用者には悪い気もしましたが、このまま働くことはできないと決め全員で退職しました。

私は新卒で初めて勤めたところがこんな酷い経営を行っているところとは思いもしませんでしたが、この経験のおかげで「誰のために何をしているのか」を意識して考えることができるようになったと思います。